映画『追憶の森』の違和感

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Aokigahara is NOT the best place to die.

映画『追憶の森』を見た。

役者の演技は素晴らしいのだが、リアリティがないので物語に入り込めない。違和感を感じまくる映画だった。

死にたいアメリカ人が "the best place to die" と検索して得た情報を元にわざわざ日本までやってきて森の中で服毒自殺を図る、というところから物語は始まる。

そして、渡辺謙演じるタクミが会社で資料室に左遷されて死のうと樹海に来たらしいのだが、果たしてそんな理由で死を選ぶだろうかという疑問が湧く。しかもなぜ樹海なのかは説明がない。日本人の自殺者は樹海に来ることになっているのだろうか? 樹海を彷徨さまよい歩くタクミがやけに生命力があるように見えるのは気のせいか(渡辺謙のせいか)。そもそも英語ペラペラでルックスも渋い渡辺謙を資料室に追いやる会社があるか? 日本人は渡辺謙を知ってるからリアリティに欠けるように見えているだけなんだろうか。もう少し何か死ぬに値する理由が欲しかった。

だが、そんな二人の樹海へやってきた不可解な動機は大したことではない。この映画の違和感の最たるところは、風景が青木ヶ原樹海でないということである。

宣伝ポスターは樹海の風景だった。映画では樹海の大自然を神秘的に映しているのだと信じて観に行ったが、どの場面にも青木ヶ原樹海らしいところは映っていなかった。樹海に行ったことがない人が大多数であるので、らしくない場所でも問題ないと判断したのであろうが、それなら「青木ヶ原」と明確な場所を言わずに架空の森にしておけば良かったのではないかと思う。本物の樹海風景を使わず、実在する地名を使う理由は何か? 青木ヶ原樹海のイメージありきの映画だということだ(それもかなり偏ったイメージである)。

実在する「青木ヶ原」という地名をあげて、そこかしこに自殺した人がいるという描写や「the best place to die」とはいかがなものか。世界中から自殺したい人が訪れる最高の死に場所と映画の中で宣伝しているわりには、なぜそこが「the best」なのかは最後まで分からない。

青木ヶ原樹海

一時期、青木ヶ原樹海は「自殺の名所」ということで知られていた。小説『波の塔』(松本清張著. 光文社. 1960)のラストシーンでヒロインが発見されない死に場所を求めて樹海に入っていく……というのがそもそもの発端で、それが映画になりドラマになり感化される人が増え「一度入ったら抜け出せない」「コンパスは役に立たない」というような迷信も加わっていったのだと思う。

一切人の手が入っていない原生林のイメージもある青木ヶ原樹海ではあるが、樹海の中には林業のため植林されている場所や、昭和40年頃まで行われていた炭焼きの運び出しのための林道や小道がたくさんある。精進湖から樹海を貫き富士山六合目まで伸びる精進口登山道もある。ちなみに、この登山道は樹海の最深部近くまで舗装されている。

迷信というか誤解の一つでもある「樹海ではコンパスの針がくるくる回って役に立たない」というシーンも映画にあった。青木ヶ原樹海は溶岩が流れた上にできた森で、その地下には溶岩洞窟が多く存在するが、その内部の計測をするのにコンパスで方位を測ると、磁気を帯びている溶岩の影響でコンパスに狂いが出てしまうらしい。それは全方向が溶岩で囲まれている場所であるからだろう。普通に人が手に持って計測する状態ではまったく影響がないというのが実感である。過去にはオリエンテーリングのグループが、コンパスのみで青木ヶ原樹海を横断できることを実証している。

樹海の中で一旦道を外れると、どちらを向いても同じような風景が広がっているため方向感覚を失う。万が一、迷ってしまってもコンパスがあれば抜け出せる(とはいえ安易に道を外れないように!)。スマートフォンのコンパスアプリでも大丈夫だが、電池切れの心配がない単体のコンパスを持って行くのがいい。もし陽が出ていれば自分の影を見るだけでも方向が分かる。影が向いているほうを目指して歩けばほぼ一直線に進め、いずれ国道や県道にでる。道の近くになれば車の走行音も聞こえるし携帯も通じる。落ち着いて行動することが大切。

青木ヶ原という具体的な地名を出さなければ「映画の中だけのこと」で別に良かったが、現実とは違うところを挙げておく。

  • 映画に出てくる木道や階段はない
  • 樹海を見渡せる監視塔はない
  • バギーに乗ったレンジャーはいない
  • 川は流れていない
  • 白っぽい岩はない/角が丸い岩はない
  • 歩きやすくない(ただし、遊歩道/登山道は安全で歩きやすい)
  • 夜は真っ暗で何も見えない

本当の青木ヶ原樹海は、大自然の宝庫とでもいうべき生命力に溢れた森。映画で不幸な取り上げられ方をされていて悲しいが、大ヒットはないようなのでそれは良かった。